何となく心配で抗菌薬を処方したり、何となく抗菌薬の種類を変えて処方したこと、ありますか?
このページでは、歯科医院で抗菌薬を使うなら知っておきたい5つの基本的なルールをご紹介します。
「抗生物質」というより「抗菌薬」
本題の前にまず、「抗生物質」と「抗菌薬」の意味を整理しておきましょう。
「抗生物質」は、青カビから発見されたペニシリンのように、微生物が産生し、ほかの微生物など生体細胞の増殖や機能を阻害する物質の総称です。
「抗菌薬」と同義に使われることも多いですが、広義には、抗ウイルス剤や抗真菌剤、抗がん剤も含まれます。
「抗菌薬」は、細菌を死滅させたり、増殖を抑制したりする作用のある化学療法剤で、微生物由来の化学物質も人工合成の化学物質もすべてを含みます。
したがって、歯科医師として細菌感染の話をするならば、「抗生物質」というより「抗菌薬」という方が適しています。
感染症か否か? まずは診断から
「感染症か否か?」まずはそう考え、診断しようとすることからはじまります。
「いろいろ調べた結果、その時点では感染症か否か分からない」というのも一つの診断です。
歯科医院でそのようなケースに出会った場合は、ほとんどが診断がつくまで「待てる」ケースであり、抗菌薬のことを考えるより、まずは診断に専念すべきです。
感染症であれば、炎症の5兆候のいずれかがみらることが多いです。
感染症か否かの診断のヒント「炎症の5兆候」
特に臓器・解剖ごとに感染の有無をチェックできる「臓器特異的な所見」を意識することが大切で、口腔領域では、プロービングデプス、圧痛、歯の動揺、打診痛、咬合痛、開口障害、嚥下痛などが、炎症の波及範囲を知るうえで重要なインフォメーションになります。
臓器・解剖の特性を考え、起炎菌を想定する
1. 口腔・解剖の特性を考える
顎骨を含む「口腔」という臓器は、抗菌薬の移行が良くないことが一つの特性です。
したがって、抗菌薬による治療には、十分な量と期間が必要です。
また、歯肉膿瘍など、「膿瘍」が持つ解剖の特性は、血流が乏しく、嫌気環境、酸性環境であることです。
したがって、血中の抗菌薬は膿瘍まで到達しにくいですし、ニューキノロン系の抗菌薬は、本来アルカリ性の環境下で抗菌力が発揮されるので、膿瘍での効果は減弱されます。
膿瘍は、切開排膿し、菌量を減少させ、嫌気環境を改善することが最優先されます。
同じように、体内に埋め込まれたインプラントや異物(よごれた根充材など)が感染を起こしている場合も、まずは人工物・異物の除去を検討し、感染の原因歯については、歯内療法や抜歯など、外科処置の併用が第一選択になります。
- 顎骨を含む口腔は、抗菌薬の移行が良くない。
- 抗菌薬を使うなら、十分な量と期間が必要。
- 膿瘍は、血流が乏しく、嫌気環境、酸性環境であり、外科処置の併用が第一選択。
2. 歯性感染症で想定する起炎菌
感染臓器が明らかになれば、起炎菌はおおよそ決まってきます。
歯性感染症の起炎菌は、通常、口腔レンサ球菌と嫌気性菌で、偏性嫌気性菌の検出率は、50%程度です。
おおざっぱに言えば、確率的に起炎菌の50% が口腔レンサ球菌、残りの25%ずつが嫌気性のペプトストレプトコッカス属とプレボテラ属です(金子、2010)。
さらに追記するなら、プレボテがβ-ラクタマーゼ産生菌であり、ペニシリン系・セフェム系などへの耐性に留意する必要があります(耐性率は、アンピシリン 37%、クリンダマイシン 10% となっている)(金子、2010)。
また、細菌感染症の一般的なルールとして覚えておきたいことに、「起炎菌は、基本は1種類で、その解剖(環境)に最もマッチして増殖した菌である」ということがあります。
混合感染が多いといわれる歯性感染症であっても、実際に膿瘍のグラム染色を見ると分りますが、もっとも優勢な菌はやはり、1種類であることが多いです。
このルールは起炎菌を想定するうえで、考えが整理しやすく非常に有用です。
- 起炎菌というものは、基本は1種類で、その解剖(環境)に最もマッチして増殖した菌である。
- 歯性感染症で最も優性な起炎菌は、50%の確率で口腔レンサ球菌、25%の確率でペプ トストレプトコッカス、同じく25%の確率でプレボテラ。
- プレボテラは、耐性に留意(耐性率は、アンピシリン37%、クリンダマイシン 10% )。
3. 検査部があれば、吸引した検体を提出して、すぐにグラム染色
もし検査部があるなら、必ず検体を採取しましょう。
膿瘍があれば、閉鎖膿瘍から注射針を使って膿を吸引し、常在菌が混入しないように注意します。
綿棒でのスワブでは常在菌の混入が避けられません。
歯性感染症では、嫌気性菌が起炎菌となっている可能性が高いので、採取した検体は、すぐに検査部に持って行き嫌気培養を行うか、嫌気ポーターなどの輸送培地に注入する必要があります。
検体は、グラム染色と培養の両方の検査に提出し(通常スワブではグラム染色をしないので、グラム染色の情報が得られません)、菌血症を疑えば血液培養も2セット採ります。
グラム染色の結果は、早ければ10分程度で分かります。
起炎菌を想定するうえで非常に重要な資料になります。
グラム染色は、主体となる起炎菌が、球菌か桿菌か、レンサ球菌かブドウ球菌か、はたまた全く別物かをすぐに教えてくれます。
ベテランの検査技師であれば、培養を待たずとも、ある程度、具体的な菌種を想定することもできます。
培養も日に日に情報が増えるので、ただただ最終結果を待つよりは、必要に応じて毎日でも検査部に直接行ってみることを勧めます。
想定した臓器・解剖、起炎菌に対する有効な抗菌薬を選択する
一般的には、歯性感染症の起炎菌は、口腔レンサ球菌と嫌気性菌(ペプトストレプトコッカスとプレボテラ)と決まっています。
そこで、これら想定される起炎菌に有効な抗菌薬は何か?口腔領域に移行性の良い抗菌薬は何か?と考えることが次のステップです。
1. 主な抗菌薬の種類とその守備範囲 イメージ
その前に、前提として、ある程度、「抗菌薬の守備範囲」を理解しておきます。
歯科で適応となる主な抗菌薬の種類とその守備範囲のイメージを、思い切っておおざっぱにまとめました。
ペニシリン系 |
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セフェム系 |
- 世代があがれば、グラム陰性桿菌(大腸菌など)へのスペクトラムが広がり、グラム陽性球菌に対する活性は低下する。
- 嫌気性菌は苦手(ただし、セファマイシン系であれば横隔膜上下の嫌気性菌も得意)。
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マクロライド系 |
- スペクトラムが漠然と広く、第一選択薬となることは少ない。
β-ラクタム系薬のアレルギー患者に対する代替薬としての位置づけ。
- 嫌気性菌は苦手。
グラム陽性球菌スペクトラムを強化したのがクラリスロマイシン、グラム陰性桿菌やクラミジアなどへスペクトラムを広げたのが、アジスロマイシン。
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リンコマイシン系 |
- 臨床的に意味があるのはクリンダマイシン。
- 骨への移行が良い。
- 肝で代謝。
- グラム陽性球菌とその毒素産生抑制効果、横隔膜上下の嫌気性菌へ有効。
- 好気性の陰性桿菌には無効。
- 最大の副作用は下痢(20%程度の症例で生じるとも)。
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テトラサイクリン系 |
- 漠然としたスペクトラムの広さがあり、第一選択薬となることは少ない。
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ニューキノロン系 |
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β-ラクタムラクタム薬(ペニシリン系やセフェム系など)の耐性化が問題になっていますが、現在でも歯性感染症に対して経口β-ラクタムの有効率は90% 程度と言われています。
ただし、歯性感染症は前述のように嫌気性菌が関与する感染症であるため、嫌気性菌を得意としないセフェム系の第一選択薬としての優先順位は低くなります。
2. 歯周組織炎・歯冠周囲炎への抗菌薬の選択
歯科医院で扱う歯性感染症についても簡単に理解しておきたいところです。
歯性感染症は、以下に大別できます。
歯性感染症の分類
- 1. 歯周組織炎
- 2. 歯冠周囲炎
- 3. 顎骨骨髄炎
- 4. 顎骨周囲炎
このうち、歯科医院では、1. 歯周組織炎、2. 歯冠周囲炎 を主に扱うことになります。
3. 顎骨骨髄炎、4. 顎骨周囲炎は、開口障害、嚥下障害、さらに場合によっては呼吸障害を伴うので、入院加療が必要なこともあります。
歯科医院で診る1. 歯周組織炎、2. 歯冠周囲炎 に対しては、およそ以下の抗菌薬からの選択が考えられます。
「歯周組織炎・歯冠周囲炎」への抗菌薬の選択
- 第一選択は、口腔レンサ球菌、嫌気性菌に強いアモキシシリン(サワシリン®など)
- ぺニシンアレルギーに対しては、クリンダマイシン(ダラシン®)
- ペニシリンアレルギーかつ抗菌薬関連下痢症の既往がある場合に、プレボテラなどの嫌気性菌に有効でないことを理解したうえで代替薬として、アジスロマイシン(ジスロマック®)
標準的な治療期間は7日
歯周組織炎・歯冠周囲炎の標準的な治療期間は、7日です。
治療効果判定の目安は3日とします。
「標準的」というのは、治療が上手くいっている場合をさし、治療が上手くいかない場合は、外科処置の併用・追加を検討し、他の抗菌薬への変更や、クリニックであれば専門医療機関への紹介も一手です。
治療効果は、臓器特異的な所見により判定する
「その臓器が感染を起こしていると判断した根拠」、すなわち「臓器特異的な所見」を観察して治療効果を判定し、抗菌薬の変更・中止のタイミングを判断します。
具体的には、各臓器の炎症の5兆候 1)発赤、2)腫脹、3)疼痛、4)熱感、5)機能障害、を注意深く観察します。
歯科関連であれば、前述のように咬合痛、開口障害、嚥下痛などがこれに含まれ、その範囲や強度などを評価し、治療効果判定の根拠とします。
たとえば、智歯周囲炎であれば、智歯周囲の発赤、腫脹、疼痛と、開口障害や嚥下痛などの程度を定量的に観察し、治療効果を判定していきます。
1. 起炎菌の違いによる回復のパターン
治療効果の判定の前提として、まず回復のパターンを知ることが大切です。
起炎菌の違いから、おおざっぱに言って、病原性の強い球菌による感染症では、抗菌薬で起炎菌はすぐに死滅しますが、炎症はすぐに収まらず、臓器障害の改善は3日程度してからみられます。
緑膿菌のような弱毒耐性菌による感染症では、ゆっくりと菌が死滅し、菌の死滅に並行して臓器障害の改善がみられます。
2. 術後経過のパターン
また抜歯を含む術後経過のパターンとして、術後1-2日目の疼痛のピーク、2日程度までの出血と、2-3日目の腫脹のピーク、手術部位感染が起こるとすれば、5日目前後以降から膿瘍形成などがみらるということを、あらかじめ知っておくことが重要です。
3. 効果判定のコツ
もう一つ抗菌薬の治療効果判定に重要なポイントとして、「悪くなっていなければ、良くなっている」という感染症診療の原則を知ることも、臨床上助けになります。
加えて、「迷ったら短すぎるよりは長すぎる投与期間を選ぶ」ということを原則として、これらを踏まえて、治療効果判定と治療期間の決定を行います。
歯周組織炎・歯冠周囲炎の標準的な治療期間・治療効果判定
- 治療がうまくいっている場合の標準的治療期間は、7日間
- 治療効果判定の目安は、3日
- 回復のパターンを知る「術後感染は5日目前後以降」
- 悪くなっていなければ良くなっている」と考える
- 治療効果は、臓器特異的な所見により判定する